『結婚指輪は本当に必要か?』高橋久美子

 この半年で私達の日常はガラリと変わってしまった。ライブやスポーツはパソコンやスマホで観ることになり、フレンチをテイクアウトで味わい、洋服はネットで注文する。最初の三ヶ月は疲弊したけれど、秋を迎える今、少しづつ慣れ始めている自分がいた。とは言うものの経済への打撃は深刻で、ブライダル業界も危機的状況だと聞く。密が避けられない中での披露宴は模索が続くだろうし、こういうとき華やかなことから節約するというのは世の常である。

「今、結婚指輪が本当に必要だろうか?」
と、身も蓋もないことを言ってみる。正直なくても生きていける。指輪でお腹はいっぱいにならない。病気も治せないし、暑さ寒さを凌げない。こういう緊急事態時、私達作家や、多くの音楽家、デザイナー、エンターテイナーの方々も、自分のやってきたことの意味を考えた経験があるのではないだろうか。私達の生み出すものは、直接は世の中の役に立たない。けれど、美しいな、楽しいなと感動したり、胸踊らせることは人間が人間である理由ではないかと思う。衣食住が整ったあと、それらはお腹を満たすように心を満たすだろう。それも明日にはなくなってしまうものではない。瞬間の喜びは、今日が終わっても、明日も、明後日も10年後までも続き、私達を支えるだろう。私がそうであったように、人々の心の栄養にも薬にもなるんだと信じてやまない。

 結婚指輪の由来は古代ローマ時代まで遡る。誓いの証に鉄の輪を入れていたそうで、これが2世紀頃に金の指輪に変わった。そこから現代までほぼ形式が同じことに驚く。また、エジプトの象形文字では「結婚」を表す時「円」を描いていたそうだ。円=永遠。太古から結婚は永遠を意味していたのだ。きっと、恋や嫉妬や愛情という人間の心模様も古代ローマから変わってないと思うと、少し気が楽になる。
左薬指に入れるのにも理由がある。なんと、左手の薬指には心臓に繋がる太い血管が通っていると考えられていたそうだ。なるほど、左腕を真横に伸ばしたとき、心臓から一直線に伸びる場所が薬指だ。体のコアと繋がる指に永遠を表すリングを入れて誓う、シンプルで情熱的な発想だなあ。婚姻届や戸籍もない時代、きっと結婚指輪は大きな意味をなしていただろう。

 日本に結婚指輪の文化が入ってきたのは開国後の明治・大正時代だと聞く。大正の末と昭和の頭に生まれた家の祖父母は戦後すぐに結婚したが、結婚指輪はしていなかったし、見せてもらったこともない。金歯まで軍に供出していた時代なので、指輪はおろか、結婚式を挙げることさえ困難だっただろう。戦後の急激な物価上昇で、嫁入り道具を揃えるために親が工面してくれていたお金で浴衣一枚しか作れなかったと祖母から聞いたことがあった。
戦地から祖父が帰ってくるのを信じてじっと待ったと祖母は言う。永遠を誓いながら果たせなかった人もいただろう。揃いの指輪をはめて一緒に生きることが当たり前ではなかった時代があった。そして今もそういう思いをしている人が世界にはいる。結婚指輪に込められた愛。それはきっと平和と自由の象徴でもあるのだ。

 男性が結婚指輪をすることも最近では珍しくなくなったが、父は結婚指輪を借りたという。
「ええ!指輪レンタルできるの!?」
「できるよ。お母さんの頃は男の人はレンタルして指輪の交換だけして、披露宴の後で返してたよ。式場の段取りの中に入ってたんじゃないかな。忘れたけど」
てな具合で完全に手順に乗っかった、結婚式という名のエンターテイメントだったみたい。お色直しを3回もして、殆ど着替え室にいたというバブル時代の式は二人の気持ちなんて二の次だったのかもしれないなあ。ちなみに、今でも結婚式場で指輪を借りることはできるようだ。重要なのは指輪を持つことではなく、どういう気持ちで持つのかということではないだろうか。

 私も恐る恐る付けはじめてもう4年になるんだなあ。指輪を外すことなくつけてこられたのは、夫婦間のソーシャルディスタンスを広めに確保していること。それから、単純にデザインをとっても気に入っているからだ。アクセサリーとして大好きなものを購入することが最も大事だと思われる。誰のための指輪でもない、自分たちのために。背伸びしない細やかなものでいい、お気に入りを身につける感覚で。
いろんな時代を経ても、数千年の間途絶えず続いてきた結婚指輪は、きっとただの飾りではない。指輪が吸い込んだ喜びや覚悟が、薬指から一日一日血管を通じて心臓へ送られるのを想像するとき、ほんの少し心強い気持ちになる。

 私よりこの指輪はずっと長生きをするだろう。古代ローマとはいかずとも、数百年は私達の願いを讃えて息をし続ける。私の体が老いていっても、指輪は変わらぬ煌めきで薬指にはまっているのだろう。
そうして私がこの体を離れたあと、指輪はどこへいくのか。棺桶に入って私と一緒にお墓に入るのかな。とても気に入っているものだからできれば燃やさないで、やっぱり素敵な輝きのままで一緒にいられたらなと思う。

王冠
  • 高橋久美子(作家・作詞家)
  • 1982年愛媛県生まれ。エッセイや小説、絵本など創作活動を中心に、さまざまなアーティストへの歌詞提供や絵本の翻訳も多数行う。近著に、絵本『あしたがきらいなうさぎ』、翻訳絵本『あなたがいてくれたから』『にんぎょのルーシー』。主な著書に、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』、エッセイ集『いっぴき』などがある。
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  • 網中いづる izuru aminaka
  • 1968年生まれ。アパレル会社勤務を経て2002年にイラストレーターとして独立。エディトリアルの仕事を中心に、ファッションブランドへのデザイン提供など幅広く活動する。1999年ペーター賞、2003年TIS公募プロ部門大賞、2007年講談社出版文化賞さしえ賞受賞。装画に「完訳クラシック 赤毛のアン」シリーズ(講談社文庫)、「プリンセス・ダイアリー」シリーズ(河出書房新社)、絵本「むく鳥のゆめ」(浜田廣介・作/集英社)、「アンデルセン童話 赤いくつ」(角田光代・文/フェリシモ出版)、「ふくはなにからできてるの?」(佐藤哲也・文/福音館書店)他多数。
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